寄付者の声

いろいろな人とつながり、これからの時代をリードしてほしい

谷本 秀夫 様 京セラ株式会社 代表取締役社長 兼 執行役員社長

上智大学で無機化学を学び、京セラに入社

私は長崎県の出身で、高校まで長崎で過ごしました。中学から卓球部に所属し高校でも継続していましたが、高校2年の時にジャズを聴きはじめ、すぐに夢中になりました。基本的にボーカルはいないのに楽器のセッションだけで多くの人を魅了する。ジャズを聴く時間がほしくて部活動も辞めたほどです。

高校3年に進級し、大学受験が迫ってくると志望大学を決めなければなりません。私は物理と化学は得意だけど国語や社会はさっぱりといった典型的な理系学生で、志望大学の選択肢としては地元の長崎大学に通うか、あるいは東京の大学に入学するかの二択でした。当時、叔母の嫁ぎ先だった寺院が都内でアパートを経営していて、2歳年上の兄は一足早く上京し、そのアパートで暮らしながら大学に通っていました。そのため、私も上京するなら同じアパートに住むことができたからです。

そして、上智大学の理工学部化学科(現:物質生命理工学科)に進学しました。ただ、大学時代の思い出として真っ先に思い浮かぶのは、やはり熱中していたジャズのこと。田園調布のテニスコートで開催された屋外コンサートをはじめ、いろいろなコンサートに積極的に足を運んでいました。また、夏休みのような長期休暇には友人たちとよく車で旅行に行きました。

こんなことを言うと大学時代は遊んでばかりいたように見えるかもしれませんが、学びの面では4年次に無機化学を専攻し、フッ化水素酸(フッ酸)に強いガラスをつくっていました。1982年に大学を卒業して京都セラミック株式会社(現:京セラ株式会社)に入社しますが、社名にも入っているセラミックとは「非金属の無機材料で、製造工程において高温処理されたもの」を指します。上智大学で有機化学も学んでいたので、高分子の熱分解に関する知識などを得ていたおかげで私の京セラでのキャリアがはじまったのです。

 

「理工学部企業経営者の会」でドクターコースの学生を支援

京セラは幅広いモノづくりを展開していますが、一言で表せば部品の会社です。その中で、私は創業時から続くファインセラミック事業を一貫して歩んできました。鹿児島県内にある川内工場と国分工場で約30年にわたり勤務し、セラミックの焼成工程時間を従来の1/10に縮める焼成炉の開発などに携わりました。その後、2年間の上海駐在を経て、2014年にファインセラミック事業の本部長に就任。本部長になってから京都本社で働くようになり、事業のデジタル化などを推進してきました。

鹿児島での勤務が長く、東京に来る機会は出張の時くらいに限られていたので大学との関わりはどうしても薄れていきましたが、それでも四谷キャンパス内のクルトゥルハイム聖堂で結婚式を挙げられたことで卒業後も大学との縁が続いていることを感じました。妻は化学科の同級生で高分子を専攻しており、高分子研究室の緒方先生に仲人をお願いした縁からクルトゥルハイム聖堂で挙式することになったのです。

2014年に本部長になった頃から上智大学の先生方とお会いする機会が増え、講演を依頼されるようになりました。これまで話してきたテーマは再生可能エネルギーや企業のリーダーシップ論についてです。再び大学とのつながりを持ちはじめたことがきっかけとなり、社長就任後は「上智大学理工学部企業経営者の会」にも参加することになりました。

企業経営者の会は株式会社ケミトックスの代表取締役である中山さんが発起人となり、①卒業生からの企業経営者の輩出支援、②学生に対するアントレプレナーへの啓蒙、③産学連携プロジェクトの提案などを目的に設立された卒業生団体です。「上智大学から優秀で、グローバルに活躍できる情熱溢れるドクターを輩出しよう」という理念のもとに奨学金制度も設け、大学院理工学研究科博士後期課程に在籍する学生を対象に、博士号取得までの3年間にわたって奨学金を支援しています。私も企業経営者の会の一員として、この奨学金制度に寄付をさせていただきました。

ちなみに、高分子材料や部品の評価を手掛けているケミトックス社と京セラはもともと取引関係にあったのですが、ある評価試験を大量発注した際に中山さんとお会いする機会があり、そこで初めて上智大学の先輩と知りました。上智大学出身の経営者はそれほど多くないので、会うと学生時代の話題が共通項となり自然と仲良くなってしまいます。

 

人のつながりと新たな組み合わせがイノベーションを起こす

今後、上智大学に期待するのは「さまざまな業界で活躍する人材を輩出してほしい」ということです。AIが急速に進化している中で、スマホで調べて出てくる知識には価値がなくなります。すると、知識を詰め込むタイプの従来の教育では社会で活躍できる人材は輩出できなくなるでしょう。この壁を、人とのつながりを武器に突破してほしいと思っています。

Apple創業者の一人であるスティーブ・ジョブズはiPhoneで世界を変えました。iPhoneが画期的だったのは電話やカメラをはじめ多様な機能を一つの製品に組み込んだことです。現代では誰も思いついていない発明をするのは難しいですが、その変わりにいろいろな組み合わせを試みることで世の中を驚かせることができます。iPhoneがその実例と言えるでしょう。

また、かつての大量生産・大量消費の時代には製品を生産できる設備を持っている国が力を持てました。日本企業は設備を進化させることに長けていたため発展できました。しかし、それは産業設備さえ整えればどの国でも相応の製品が作れる、ということです。そして、大量生産の争いでは政府から多額の補助金を受ける国の企業には勝てません。実際、LEDライトも太陽光パネルも日本企業はシェア争いに敗れました。

このような時代で成長していくには、製品にも組織にも多様性という付加価値をつけなければなりません。いろいろな人の意見を取り入れ、新たな組み合わせを試み、イノベーションを起こす。そのためにはいろいろな人とつながりをもっておくことがとても重要です。トップダウンの経営が時代にそぐわないのも、一人の意見だけを重視しては多様性を組み込めないからです。

どの大学にも文系・理系、部活動・サークルといった枠組みがあり、学生はそれぞれの枠の中でコミュニティを築きます。でも、同じ志向の人だけで意見を出し合ってもなかなか新しいモノは生まれません。上智大学は全学部が一つのキャンパスに集約され、世界中から留学生が集まっています。志向もバックグラウンドも異なる学生に溢れたキャンパスです。ぜひ大学時代からさまざまな人と関わり、将来の糧としてほしいです。もし専門領域の話を聞きたいと思ったら京セラの研究員も紹介します。

数年前のことですが、上智大学の学生から連絡をもらったことがあります。ソフィア祭のクラウドファンディングに協力してほしいという内容で、その行動力に感心して寄付をしました。今後も私にできることであれば可能な限り大学に協力したいと考えていますし、大学の外につながりを求める学生の行動力を応援したいと思っています。