寄付者の声
《後編》学生として、教員として
--上智で過ごした50年
鈴木 雄雅 様 上智大学名誉教授

<後編/前編記事はこちら>
誰もが情報を発信できる時代に必要なこと。歩んだ軌跡は消しゴムで消せない
私は上智大学の講師になる前、師事していた小糸先生の縁で、かつて小糸先生の勤め先だった共同通信社でインターンシップに参加しました。同社の新入社員と同じように4月に入社して3カ月にわたり研修を受け、現場にも同行しましたが、研修では災害事故の場面もテーマとして扱われました。大雨が降って土砂崩れに巻き込まれた被災者に心境を聞く、という場面です。私は思わず、「苦しんでいる被災者にマイクを向けて『どのようなお気持ちですか?』と質問する意味があるのか」と尋ねました。すると、先輩社員にこう言われました。「ジャーナリストがやるべきことは、今起きていることを伝えることだ」。
無論、先輩社員の発言は正しいです。自分が発信したいことを書くのではなく、書かなければいけないことを書いて社会に発信するのがジャーナリズムだからです。しかし、被災して大変な方にわざわざ話を聞くことが私は心苦しく、「現場には向いていない」と痛感したことを覚えています。もともと研修後は大学に戻る予定でしたが、この件が一つのきっかけとなり、ジャーナリズムを追求して社会に伝えなければいけないことは何かを探る道(アカデミニズム)に入ることになったと言えるでしょう。
自由な言論と表現は憲法で保障されている権利です。同時に、自らが発信する言葉や文章には必ず責任が伴い、情報を発信する人間はジャーナリズムがどう社会に貢献できるかを常に考えなければなりません。だからこそ、新聞学科の学生には感情に委ねた言葉ではなく、知識、教養、判断力などを備えて感性(理性)を磨き、複眼的思考によって物事を正しく捉え、社会人としてのコミュニケーション能力を身に付けるよう指導してきました。
今はメディアが多様化し、動画やSNSなど誰もが手軽に情報を発信できる時代です。個人が情報の送り手にも受け手にもなり、毎日さまざまなメッセージが飛び交っている。しかし、社会に向けて発信する重みというものは変わっていません。誰もが発信できるからといって人々のコミュニケーション能力が飛躍的に向上したわけでもなく、無責任に感情任せの言葉を発信してしまうため他者を傷つける事案が起きるのでしょう。人はコミュニケーションする動物ですが、感情の表出を重視すると自分でも気付かないうちに何者かに動かされているものです。

2023年1月21日 上智大学6号館301教室にて 最終講義
教育とプロパガンダが表裏一体のように、良かれと思って拡散した情報も、実はフェイクニュースかもしれない。社会には見える落とし穴と見えない落とし穴が無数にあり、情報化社会では情報による疑似環境に取り囲まれてしまい、わかったつもりで実はわかっていないことも多くあります。自分がどれほどわかったつもりになっていて、本当はわかっていないのかを知ることも大切ですし、誰のために、何のために、どのように情報を発信するのか、ということをメディア従事者だけではなく個人でも考えるべき時代になりました。情報を正しく扱って他者とのコミュニケーションに活かすためにも、東京工業大学名誉教授の坂本昴先生が提唱した以下の六点を身に付ける必要があります。
・知:情報の性質や内容を理解するための知識をもつこと
・価:情報がもつ内容の重要性をわきまえること
・心:感性を豊かにして、相手の言わんとする心を読み取ること
・道:プライバシーの尊重、偽の情報を流さないという情報倫理をもつこと
・技:コンピュータやアプリケーションソフトを使いこなせる技術を身に付けること
・縁:ヒューマンネットワーク
坂元昴『ON THE LINE 』KDD、1996年12月号より
職業に貴賤はありません。でも、人間の生き方には貴賤があると思います。人としてどう生きるか。その生き方には常に品格が求められ、品格を養うために感性(理性)を磨かなければならないということです。履歴書は書き直すことができるかもしれませんが、自分が歩んだ軌跡は消しゴムでは消せないのです。
他大学でも教鞭を取り、改めて気付いた上智大学の魅力
私は上智大学以外にも10を超える他大学(短大・大学院を含む)で講師を担い、異なるキャンパスでも学生や教職員と交流してきました。上智大生とはまた違った学生観が見えてきたのは貴重な体験で、他大学を知ることで新たな発見があり、研究面でも大きな刺激を受けましたが、改めて上智大学の良さに気付いたこともあります。それは、四谷キャンパスの雰囲気です。四谷キャンパスには世界中から留学生が集まり、インターナショナルな雰囲気や空気感が自然と醸成されています。これは世界に羽ばたく上でとても有益なものです。
国際コミュニケーションを専門に教えてきた私からすると、世界で活躍したいと思った時に妨げとなる壁や敷居などは特になく、四谷キャンパスでインターナショナルな雰囲気を日常的に感じることで「世界」はより身近になり、しっかり勉強すれば「国際的に通用するのは当たり前」という感覚を持てるでしょう。また、同じ国から来た留学生同士がそれぞれ異なる意見を持っていて議論する姿を見れば、出身や国という単位で安易にカテゴライズできず、より広い視野で物事を見ることが大切だと気付くはずです。
知識を蓄え、いかに知恵を使うか、つまり「叡智(wisdom)」を学ぶ。学生にとって四谷キャンパスでの学びが活きるのは十年先かもしれませんし、五十年先かもしれません。言うまでもなく、学びは一生続くことです。私自身は2023年に最終講義を終えましたが、今後も上智大学が継承する「世界に羽ばたく人づくり」と、その教育を受けて社会で活躍する教え子たちを見守っていきたいと思っています。世の中に出れば、誰かがどこかで見ているものです。新聞学科を卒業して記事を書けば、それに気付く在校生もいます。卒業生に刺激を与えるためにも、その活躍を見守っていくつもりです。

2023年3月4日 京王プラザホテルにて 卒業・古希を祝う会
頑張る学生のために、『鈴木雄雅・新聞学科奨学基金』を創設
2023年4月に名誉教授となり、10月には寄付を通して『鈴木雄雅・新聞学科奨学基金』を創設しました。創設理由は、大学の成長期に長年に渡りお世話になったこと、そして私自身が学生時代に奨学金に助けられたことがあるからです。
初めて奨学金を受けたのは修士1年の時でした。父親が急逝し、『家計急変者への特別措置』として奨学金を得たのですが、これは本当に助かりました。それから、博士課程後期には育英会の奨学金を貰うことができ、そのお陰で研究に時間を割くことができました。奨学金がなかったら、もしかするとこれほど長く上智大学と関わることもなかったかもしれない。そう考えると、やはり受けた恩を返したいと思ったのです。
新聞学科には戦後日本で活躍したジャーナリストである『ラッセル・ブラインズ奨学金』があり、私の奨学基金は新聞学科で2番目の奨学金となります。2024年12月に学科選考を経て初めての受給者が出ましたが、3人のうち2年生の学生はTOEFL対策の参考書を買うと言っていました。参考書に全額使うつもりじゃないだろうと話したのですが、本音を言えば用途は別に何でも良いと思っています。それよりも、学業に追われて日々余裕のない学生生活が少しでも潤えば良い。そして、後年になって「あの時に奨学金を貰えてちょっと助かったな」と思い出すことがあれば、これ以上嬉しいことはありません。
※出典:坂元昴『ON THE LINE 』KDD、1996年12月号
<後編・了>